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最決 平成26年6月26日 保証会社による弁済と賃貸借契約解除

最決 平成26年6月26日
保証会社による弁済と賃貸借契約解除

【事案の概要】
本件は、本件建物の賃貸人である被控訴人X1が、賃借人の控訴人に対し、賃料不払を理由とする催告による債務不履行解除を原因として本件建物の明渡しを求め、控訴人との間で賃借人の債務の保証委託契約を締結して、本件賃貸借契約の保証人となった被控訴人X2が、控訴人に対し、被控訴人X2が控訴人の未払賃料等の5か月分について代位弁済した金員の支払を求めたもの。

【原審の判断】
1 控訴人は、平成24年4月分~平成25年3月分までの賃料等を支払っていない。よって、被控訴人X1は本件賃貸借契約を解除することができる。
2 控訴人は、平成24年4月分~平成25年1月分の賃料等については、被控訴人X2がこれを代位弁済しているから、控訴人に賃料等の不払はないと主張する。そして、証拠(省略)及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人X2は、被控訴人X1に対し、平成24年2月~平成25年6月まで、毎月の賃料等7万8000円に相当する金額を代位弁済していることが認められる。
3 本件保証委託契約のような賃貸借保証委託契約は、保証会社が賃借人の賃貸人に対する賃料支払債務を保証し、賃借人が賃料の支払を怠った場合に、保証会社が保証限度額内で賃貸人にこれを支払うこととするものであり、これにより、賃貸人にとっては安定確実な賃料収受を可能とし、賃借人にとっても容易に賃借が可能になるという利益をもたらすものであると考えられる。しかし、賃貸借保証委託契約に基づく保証会社の支払は代位弁済であって、賃借人による賃料の支払ではないから、賃貸借契約の債務不履行の有無を判断するに当たり、保証会社による代位弁済の事実を考慮することは相当でない。なぜなら、保証会社の保証はあくまでも保証委託契約に基づく保証の履行であって、これにより、賃借人の賃料の不払という事実に消長を来すものではなく、ひいてはこれによる賃貸借契約の解除原因事実の発生という事態を妨げるものではないことは明らかである。よって、控訴人の上記主張は理由がない。

【最高裁】
控訴人の上告受理申立を受理せず。

【コメント】
1 建物賃貸借契約の賃借人の賃料支払債務についての保証委託会社(賃貸借保証会社)による未払賃料の支払(代位弁済)が債務不履行解除に及ぼす影響の有無について
債務者である賃借人との間の賃貸借保証委託契約に基づき建物賃貸借契約の保証人となった者(不動産賃貸実務上の賃貸借保証会社)については、第三者弁済ないし保証債務の履行としての弁済をすることができ、賃貸借保証会社による当該弁済によっても、対賃貸人との関係においては、当該未払賃料債務は消滅する効果が生ずることになるから、賃貸人による賃貸借契約の解除の意思表示の前に当該消滅の効果が生ずる限り、債務不履行(履行遅滞)による契約解除の効果は生じないことになると考えられる。同様に、賃貸借契約における賃借人の保証人が保証債務の履行として契約解除前に未払賃料を弁済した場合に、契約解除の効果が生じないことについても異論がないと思われ、この場合、例えば、保証人は債務不履行に基づく契約解除による約定の賃料の2倍相当の損害賠償義務についての保証債務の履行義務を免れることになる。
以上の観点からすると、本件のような賃貸借保証会社の弁済の場合に、以上と異なる法解釈を採ることのできる理論上の根拠について、原判決は、十分な説明をしていないとの考えも否定できないように思われる。

2 他の法律構成
(1)賃料未払に基づく解除との構成
ただし、本件においても、賃貸借保証委託契約の約定において、賃貸借保証会社が賃借人の賃料債務を弁済するのは、賃借人が毎月の賃料支払時期を経過してその履行を遅延したときであるから、契約解除の時点(平成25年3月4日)において、少なくとも1か月分の未払賃料があると推認することができる(もっとも、その点をきちんと認定するべきと思う。)。弁論の全趣旨によると、2か月分の未払賃料があると認められるから、民法541条による催告解除の要件事実に欠けるところはない。
(2)賃料滞納常態化による無催告解除
仮に、催告のない債務不履行解除の場合でも、原判決が説示するように、賃借人のそれまでの常態化している賃料滞納の事実は、賃貸借保証会社による弁済によってもその消長に影響しないことは明らかであるから、これらを信頼関係の破壊を基礎付ける事実として無催告解除を有効とする請求原因を構成するものと解することは可能であり、原判決の結論には影響しないと考えられる。
(3)賃料滞納常態化及び保証会社に対し請求するようにという態度に基づく無催告解除
賃料不払による債務不履行解除ではなく、賃借人による賃料滞納の常態化及び賃貸人の支払督促に対して連帯保証人である保証会社に対して請求をするように求めて自ら賃料を支払おうとしない態度を示していることによる信頼関係の破壊を理由とする契約解除の法律構成による場合にも、原判決の結論には影響しないと考えられる。

結局、本決定は原判決の結論を是認したに過ぎないものと考えられる。

東京地判平成10年9月30日(判例時報1673号111頁)



オフィス、飲食店等の雑居ビルの賃貸借において、賃借人である飲食店の迷惑行為により、他の賃借人であるオフィスの使用収益に適した状態におくべき賃貸人の義務違反が肯定され、賃借人による契約解除・賃料減額が認めれた事例

【事案】

1 事務所使用の目的で6階を借りていた賃借人が3階を借り増し。

2 1の後、4,5階に大衆居酒屋、入居。

3 毎日午後5時半ころから午後8時ころまでの間は、1階から4階の大衆居酒屋に行く顧客、4,5階から1階へ帰る顧客で、本件ビルの唯一の上下の移動手段である6人乗りの本件エレベーターが大衆居酒屋の顧客で満杯か、或いはなかなか乗れない状態に陥った。

4 本件エレベーターは、大衆居酒屋の営業時間帯には、酔客で満杯になるため、酒の匂いが充満し、しばしば酔客が大声を出して騒ぐようになった。なお、本件貸室は、本件エレベーターの6階エレベーターホールから出たところがすぐその入口になっているところ、賃借人従業員が静かに残業しているところへ、大衆居酒屋の酔客の中には、誤って空席を探してか、本件エレベーターで6階まで上がって来て、大声を出すものもときどきあって、仕事中の従業員はその都度迷惑を受けた。

5 大衆居酒屋の酔客は、ときどき本件エレベーター内で嘔吐し、大衆居酒屋によって応急の処理がなされても、翌朝までサニースペースによる本格的な清掃処理がなされないため、狭いエレベーター内に耐え難い悪臭が残った。

6 大衆居酒屋は、入居後、従来あった4個の空調室外機を全面的に取り替え、全部で七個に増やした こと、このため、夏場に、大衆居酒屋が4,5階で営業する日には、大衆居酒屋の空調機の容量が多く、4,5階の大衆居酒屋の右室外機から吹き出す熱気が6階のYの室外機に吹き上がってくるため、日中本件貸室内のYの冷房が効きにくくなり、Yの従業員は、毎年夏場には、不快な環境の下で執務をせざるを得なくなった。

7 賃借人、①賃貸人の賃貸借契約の債務不履行を理由として3階の建物賃貸借契約を解除、②6階の賃料減額請求。



【判旨】

1 本件ビルの賃貸人は、賃借目的に従った貸室の利用時間帯は、貸室への出入りが常時支障なくできるようにすることにより、貸室を使用収益するのに適した状態に置く義務あり。

2 大衆居酒屋を入居させたからには、他の賃借人が各自の貸室にたどりつくのに支障がないよう、上下の移動手段ないし経路の確保、増設等の措置を講じるべき義務を負うに至ったものと認めるのが相当。

3 賃貸人には上記措置についての債務不履行あり、テナントXによる3階の賃貸借契約解除は有効。

4 賃貸目的である事務所として、賃借人ないしその顧客が支障なく本件貸室を使用収益するために適した状態におくべき債務について、一部不完全履行があり、かつ、現在までこれが改善されていないものと認めることができるところ、その使用収益の支障の程度ないし賃貸人が入居させた他の貸借人の迷惑行為による不完全履行の割合は、完全な履行状態に比して、一割程度。民法611条を類推適用して、賃料の一割減額認容。



【コメント】

民法611条は「賃借物の一部が賃借人の過失によらないで滅失したときは、賃借人は、その滅失した部分の割合に応じて、賃料の減額を請求することができる。」という規定です。賃貸人の義務不履行により賃借人が賃貸目的物の使用収益を十全になしえなかった場合には民法611条の類推適用により賃料減額請求ができることになります。


東京地方裁判所判決 平成24年3月16日



【事案】

・賃貸借契約書において「乙(賃借人)が負担する諸費用のうち、本物件の使用に伴う電気料・上下水道料・看板使用料は、甲(賃貸人)または甲(賃貸人)の指定する者の計算に基づき、甲(賃貸人)に支払うものとする。」と規定。

・本件ビル全体にB株式会社(以下「B」という。)から高圧の電力を引き込み、これを賃貸人である原告が設置するキュービクル(高圧で受電した電力を各賃借人の使用機器に合わせた電圧に降圧し、分配する機器)により降圧して、各賃貸部分に供給する方法。

・原告は、同年7月使用分までの単価を1kwh当たり30円と定めていたが、同年8月使用分からの単価を1kwh当たり25円に値下げ。

・各月の末日に、原告が依頼する管理業者が、各賃貸部分の電気使用量を計測する電力量メーター(以下「専用メーター」という。)の数値を確認し、原告は、その数値から読み取れる各賃借人の電力使用量に原告が定める単価を乗じて、消費税を加えた金額を各賃借人が負担するべき電気料として請求。

・被告(賃借人)は、各月の電気料について、原告が採用する計算方法が不当であり、仮にそうでないとしても、原告が主張する電気料は高額にすぎるため、契約上認められる裁量の範囲を逸脱しているなどと主張。

【判旨】

・本件条項には、被告が原告に支払うべき電気料について、その課金方法や計算方法に関する記載はないこと、本件賃貸借契約締結の際に原被告間で具体的な取り決めがされた様子はうかがわれないことを考慮すると、特段、不合理なものでない限り、基本的には原告に委ねられたものと解するのが相当。

・原告が各賃借人に請求できる金額は、本件ビル全体についてBに支払う電気料に加えて、キュービクルにより降圧して各賃貸部分に電力を供給するため、合理的に必要と考えられる程度の諸経費を考慮した金額を基準にすべきものと解するのが相当。

・本件ビルは、高圧の電力を引き込み、これを原告が設置するキュービクル(高圧電流を降圧し分配する機器)で各賃貸部分に供給しており、電気料は原告又は原告の指定する者の計算によるとする本件契約は、特段、不合理なものではなく、原告の被告に対する各月の請求額は、その単価を1kwh当たり25円として計算する限度で、裁量の範囲を逸脱していない。



【コメント】

本判例の条項は、本条項と類似するものであり、比較的一般的なものであると思います。こうした条項においては、特段不合理でないものでない限り、基本的に賃貸人に委ねられたものとされましたが、単価については賃貸人の自由裁量によりいくらでも高くすることができるわけではなく、裁量の範囲内とした点において注意が必要です。賃貸人としては、賃貸借契約で単価を規定してしまう方が無用な争いがなくてよいように思われます。


最高裁 平成16年11月8日(判例タイムズ1173号192頁)



【事案】

○賃借人が賃貸人の所有する建物を第三者に転貸する目的で一括借り上げ

○賃料額をそれぞれ5%増額し、以後2年を経過するごとにそれぞれ5%増額する旨の特約。

○賃借人が賃貸人に対し、借地借家法32条1項の規定に基づき、減額請求。

○原審:賃借人の請求を全部棄却

・本件契約は建物賃貸借契約の性質を有することは否定できないが、通常の賃貸借契約と異なり、共同事業契約の性質を有するものであって、借地借家法が当然に全面的に適用されると解するのは相当ではなく、本件契約の性質、契約内容等に反しない限度においてのみ、その適用があると解するのが相当

・本件契約においては、賃料不減額の特約が定められているものというべきであるが、このような賃借人の賃料減額請求権を制限し、賃借人に一方的に不利益を課する約定は、通常の場合には、借地借家法32条の法意に反し無効と解するのが相当である。しかし、本件においては、賃料不減額の特約が本件契約の不可欠な本質的部分であり、賃貸人にとっては絶対的な条件であること、本件契約が共同事業契約の性質を有し、単なる建物賃貸借契約とは性質を異にするものであること等に照らすと、本件契約の賃料不減額の特約を同条の注意に反し無効であるとはいえないから、同条による賃料減額請求権の行使を認めることはできない。

○賃借人、上告



【判旨】

○原審の判断は誤り。

○サブリース契約であっても、賃貸人が賃借人に対して本件各建物部分を賃貸し、賃借人が賃貸人に対してその対価として賃料を支払うというものであり、建物の賃貸借契約であることは明らかであるから、本件契約には借地借家法32条の規定が適用されるべき。

○借地借家法32条1項の規定は、強行法規と解されるから、賃料自動増額特約によってその適用を排除することができない。

○賃借人は、上記規定により、本件各建物部分の賃料の減額を求めることができる。


最高裁 平成16年6月29日(判例タイムズ1159号127頁)



【事案】

・土地賃貸借契約

・3年ごとに賃料の改定を行うものとし、改定後の賃料は、従前の賃料に消費者物価指数の変動率を乗じ、公租公課の増減額を加算又は控除した額とするが、消費者物価指数が下降したとしても、それに応じて賃料の減額をすることはない旨の特約。

・原審:本件特約のような賃料の改定に関する特約は、賃料の改定をめぐって当事者間に生じがちな紛争を事前に回避するために、改定の時期、賃料額の決定方法を定めておくものであり、本件特約は、消費者物価指数という客観的な数値であって賃料に影響を与えやすい要素を決定基準とするものであるから、有効。本件特約に基づかない賃借人の賃料減額の意思表示の効力否定。



【判旨】

・借地借家法11条1項の規定は、強行法規であって、本件特約によってその適用を排除することができない。本件各賃貸借契約の当事者は、本件特約が存することにより上記規定に基づく賃料増減額請求権の行使を妨げられるものではない。

・この減額請求の当否及び相当賃料額を判断するに当たっては、賃貸借契約の当事者が賃料額決定の要素とした事情その他諸般の事情を総合的に考慮すべきであり、本件特約の存在はもとより、本件各賃貸借契約において賃料額が決定されるに至った経緯や本件特約が付されるに至った事情等をも十分に考慮すべき。


最高裁 平成17年3月10日(判例タイムズ1179号185頁)



【事案】

○賃借人の要望に沿って大型スーパーストアの店鋪として使用するために建築され他の用途に転用することが困難である建物について、賃貸借契約において3年ごとに賃料を増額する旨特約。

○原審:

・本件建物は賃借人の注文に従って建築された大型スーパーストア用の建物であり転用の困難性を伴うこと、本件賃貸借契約は、このような本件建物を賃借人のスーパーストア経営事業のための利用に供し、これにより賃借人が事業による収益を得るとともに、賃貸人も将来にわたり安定した賃料収入を得るという共同事業の一環として締結されたものというべきであることなどから、本件賃貸借契約は借地借家法が想定している賃貸借契約の形態とは大きく趣を異にする。

・このような賃貸借契約において賃借人から賃料減額請求がされた場合に、一般的な賃料相場や不動産価格の下落をそのまま取り入れ、これに連動して賃料減額を認めるのは著しく合理性を欠くことになり不当。

・借地借家法に基づく賃料減額請求権の行使が認められるかどうかについては、上記のような契約の特殊性を踏まえた上で、当該賃料の額について賃借人の経営状態に照らして当初の合意を維持することが著しく合理性を欠く状態となり、合意賃料を維持することが当該賃貸借契約の趣旨、目的に照らして公平を失し、信義に反するというような特段の事情があるかどうかによって判断するのが相当。

○賃借人、上告。



【判旨】

・本件賃貸借契約について賃料減額請求の当否を判断するに当たっては、諸般の事情を総合的に考慮すべきであり、賃借人の経営状態など特定の要素を基にした上で、当初の合意賃料を維持することが公平を失し信義に反するというような特段の事情があるか否かをみるなどの独自の基準を設けて、これを判断することは許されないものというべきであり、原審の判断は誤り。

・借地借家法32条1項の規定に基づく賃料減額請求の当否及び相当賃料額を判断するに当たっては、同項所定の諸事情(租税等の負担の増減、土地建物価格の変動その他の経済事情の変動、近傍同種の建物の賃料相場)のほか、賃貸借契約の当事者が賃料額決定の要素とした事情その他諸般の事情を総合的に考慮すべき。


最高裁 平成5年11月26日(最高裁判所裁判集民事170号679頁)



【事案】

・当初、当事者が代表者を同じくする会社であったという事情から、賃借人が賃貸人を金銭的に援助するという意図の下に、客観的に適正な賃料額を大幅に超えた高額な賃料が約定。

・その後、時の経過により右の事情が変更し、当事者間に特別な関係があるとはいえない状況になった結果、賃料額が不相当となったとして、賃借人により賃料の減額請求。

・賃貸人は、基礎事情とは契約当事者個人に生じた事態などではなく、その社会一般に影響を及ぼすような性質のものであり、その発生、消滅等が契約当事者の意図と無関係に起こるものであることが要件であるとして上告。



【判旨】

・借地法12条1項【注:借地借家法においては11条1項】の規定は、当初定められた土地の賃料額がその後の事情の変更により不相当となった場合に、公平の見地から、その是正のため当事者にその増額又は減額を請求することを認めるもの。

・事情としては、一般的な経済的事情にとどまらず、当事者間の個人的な事情であっても当事者が当初の賃料額決定の際にこれを考慮し賃料額決定の重要な要素となったものであれば、これを含む。

・賃貸人の主張を排斥、賃借人による賃料の減額請求を容認。



【コメント】

賃料増減額請求の当否の判断においては、一般的な経済的事情のみならず、個人的な事情も考慮されることの留意する必要があります。


最高裁 平成20年2月29日(判例タイムズ1267号161頁)



【事案】

・一定期間経過後は純賃料額を一定の金額に自動的に増額する旨の賃料自動増額特約あり。

・原審は、自動増額特約によって増額された純賃料を基にして、同日以降の経済事情の変動等を考慮してその当否を判断。

・賃借人が上告。



【判旨】

・借地借家法32条1項の規定は、強行法規であり、賃料自動改定特約によってその適用を排除することはできない。

・同項の規定に基づく賃料減額請求の当否及び相当賃料額を判断するに当たっては、賃貸借契約の当事者が現実に合意した賃料のうち直近のものを基にして、同賃料が合意された日以降の同項所定の経済事情の変動等のほか、諸般の事情を総合的に考慮すべきであり、賃料自動改定特約が存在したとしても、上記判断に当たっては、同特約に拘束されることはなく、上記諸般の事情の一つとして、同特約の存在や、同特約が定められるに至った経緯等が考慮の対象となるにすぎないというべきである。



【コメント】

賃料の増減額請求の当否の判断においては、当事者の最終合意時点の賃料を基準にすることになりますが、本判例は、賃料の自動増額特約がある場合における最終合意時点は特約による増額時点ではなく、現実に合意した時点であることを明確にしました。


東京地判 平成18年11月2日(合議事件)



賃借人が、賃貸人に対し、賃借権の内容を賃料を減額請求により減額された賃料額とする賃借権の確認を求め(第1事件)、これに対し、賃貸人が、賃借人が勝手に減額した賃料しか支払わないとして賃料不払により賃貸借契約を解除し、上記建物の明渡しを求めた(第2事件)事案について、賃貸人からの解除を否定し、第1事件につき、期間の定めがなく、賃料は認定した金額(管理費込み。消費税別)とし賃借権の存在の確認した事例



【事案】

・賃貸物件:美容院店舗(昭和59年竣工当時から賃借人が賃借)その後、所有権はA、B、C、D、本件賃貸人と移転。

・最終合意 賃料月額18万1500円、共益費月額2000円

・平成13年7月、賃借人、賃貸人に対し、賃料・共益費合計で月額12万6000円【注:最終合意賃料の約70%】に減額する旨の意思表示をし、爾後、同額を支払う。

・平成14年10月【注:減額請求の1年3ヶ月後】、賃貸人、未払い賃料として126万5016円【注:最終合意賃料の約7ヶ月分】の支払いを催告。

・平成14年12月 賃借人、上記の賃料は適正であることを主張し、賃借権確認の訴え提起【注:契約解除に先立ち賃借権確認の訴えを賃借人が提起。】。

・平成15年1月21日、賃貸人、賃料不払いを理由として賃貸借契約を解除し、建物の明渡を求める訴えを提起。

・平成16年12月28日【注:解除の約2年後。減額請求の約3年6ヶ月後】、賃借人、賃貸人に対し、未払い賃料の内金として200万円を支払い



【判旨】

・鑑定の結果をふまえ、本件相当賃料は17万6500円と認定【注:賃借人の支払い賃料はその約70%相当】

・契約解除時の賃料不払い額は上記相当賃料を前提とすると144万9837円【注:上記相当賃料の約8ヶ月分】

・しかしながら以下の理由により本件賃貸借契約においては未だ信頼関係が破壊されたとはいえない特段の理由があるとして解除否定。

①本件建物は、A、B、C、D、本件賃貸人と所有権が移転してきたが、所有者兼賃貸人が所在不明となった時期が続き、賃借人において、賃料を供託せざるを得なくなった上、本件ビルの不具合の補修や共用部分の電気代の支払等を賃借人自らが行わなければならなかったこと。

②本件ビルが賃貸人により修繕がされないことで老朽化が進み、また、当時はバブルの崩壊による周辺物件の賃料が減額していたにもかかわらず、賃料の減額交渉ができない状態であったこと

③Dが所有権を取得した後は、本件賃借人は、Dの代理人と称する株式会社Gの担当者と賃料減額について交渉を行っていたこと

④平成13年5月に賃貸人が本件ビルの所有権を取得した後も、賃借人は、本件建物の賃料の減額を求めて交渉しようとしたが、賃貸人は、賃借人が一方的に賃料を減額して支払ってきたとして、従来の賃料の支払がなければ賃料減額の交渉を行うことができないと主張し、賃貸人・賃借人間で具体的な交渉が行われなかったこと

⑤賃借人は、平成13年8月以降、減額通知した賃料を継続的に支払い続け、賃料減額についての交渉がまとまった後はその金額を支払う意思があることを賃貸人に伝え、賃貸人もそのことを認識していながら、従前の賃料の支払がされるまでは賃料減額交渉には応じられないとして交渉を拒絶していたこと。

⑥賃借人は、本件ビルが新築された昭和59年から現在まで本件建物で美容院を経営してきたもので、多くの顧客を有しており、本件建物から他の場所に移転して新たに開業したのではこれまでの顧客を失うなどの不利益が大きいこと、その間、本件建物の新築時の店舗としての内装、その後の改装を行うなど本件建物で営業を続けるための多額の出捐をしていること

③賃借人は、平成16年12月28日【注:契約解除の約1年後】に、不払賃料の内金として200万円を支払い、また、同月分の賃料から、従前の月額賃料18万3500円の支払をしている(前提事実(3)ウ)。賃借人には同年11月分までで、270万2516円の不払賃料があったが、上記200万円の支払で不払額は70万2516円【注:上記相当賃料の約4ヶ月分】に減少していること



【コメント】

賃借人が一方的に減額請求後の賃料を支払っている点で関連判例1と共通しますが、反対の結論になっています。異なる点は以下のとおりです。

①賃貸人からの契約解除に先立ち、賃借人が賃借権確認の訴えを提起している点

②減額の協議ができなかったことについて賃借人に汲むべき事情があり、逆に賃貸人は協議を拒否していた点

③本訴において適正賃料が確定されている点

但し、少なくともこの判決においては確定された適正賃料に基づく不払い賃料を、賃借人がすべて支払ったという事実は認定されておらず、賃借人が一括支払いをした後もなお不払いが賃料の4ヶ月分に達しているという点で、関連判例2は賃借人に汲むべき事情があったため、特に救済した事例と評価するべきではないかと思われます。



 


東京地判 平成10年5月28日(判例時報1663号112頁、単独事件)



建物賃貸借において、賃料減額請求をした後、一方的に自己の主張する減額した賃料の支払いを継続した賃借人に対し、賃貸人のなした賃料不払いを理由とする賃貸借契約解除が肯定された事例





【事案】

1 平成7年4月、賃借人、従前賃料が月額45万円であったところ、賃料減額請求を行うとともに一方的に月額35万円【注:最終合意賃料の約80%】を支払い開始。

2 賃貸人、賃借人、それぞれ代理人を選任し、賃料について協議。賃貸人は、更新料を45万円、賃料を月額37万円まで譲歩する案を、賃借人は更新料を含め、月額36万円まで譲歩する案をそれぞれ提示するも、合意に達せず。

3 平成7年10月【注:減額請求の半年後である。】、賃貸人、賃借人に対し、当面直ちには協議が成立するとは考えられないとの認識を示し、双方の信頼関係に基づいて今後の協議を適正に続行してゆくための前提として、まず、賃貸人において、更新料45万円及び同年4月分以降の賃料として1か月45万円の割合による金員との差額を支払うべき旨を要求し、10日以内に回答するよう請求。

4 賃借人は、賃貸人は、これに回答しないまま、従前どおり、1か月35万円を賃料として振り込むことを継続

5 平成8年6月【注:減額請求の14ヶ月後である。】、賃貸人、更新料45万円及び14か月分の請求賃料との差額合計140万円を2週間以内に支払うべきこと、今後、毎月の賃料として45万円を弁済期に支払うべきことを催告し、右催告期間内に右支払いのないとき又は毎月の右賃料の支払いのないときは、本件契約を解除する旨の意思表示

6 平成9年2月【注:解除の意思表示の8ヶ月後である。】、賃貸人、賃借人に対し、本件契約の債務不履行解除に基づく明渡請求訴訟提起

7 平成9年7月【注:契約解除の1年後である。】、賃借人、賃貸人に対し、賃料額確認訴訟提起(別訴)

8 平成9年9月、賃借人、賃貸人に対し、別訴で実施された鑑定の結果に基づく平成7年4月時点の本件建物の賃料相当額である1か月36万6600円を基準として、更新料部分73万1100円(2度の更新分)、平成7年5月から同9年9月分まで(29か月分)の不足賃料部分合計48万1400円を支払った。



【判旨】

1 賃料減額請求権が当該請求権行使によって法律関係の変動を生じる形成権であることを前提として、その行使によって定まるべき客観的な相当賃料額と当事者の認識する主観的な賃料相当額とのギャップによって生じる賃料不払いを巡る紛争を防止するため、そのような場合においては、賃貸人は、減額を正当とする裁判が確定するまでは、賃借人に対し、自己が相当と認める額の賃料の支払を請求することができるものとして、賃貸人の認識に暫定的優位性を認めて、賃借人に右請求額を支払うベき義務があるものとして(したがって、賃借人が右請求賃料の支払いをしないときは、賃料不払いとなるという危険を免れないことになる。)、後日、減額を正当とする裁判が確定した段階において、賃貸人が右確定賃料額を超えて受領した賃料があるときは、賃貸人は、右金額に年一割の割合による法定利息を付して賃借人に返還すべきものとして、賃借人の被った不利益の回復を図るものであって、この種の紛争の解決のルールを定めたもの。

2 「相当と認める額」とは、右規定の趣旨に鑑みると、社会通念上著しく合理性を欠くことのない限り、賃貸人において主観的に相当と判断した額で足りるものと解するのが相当。

3 本件において、賃貸人は代理人を通じて、賃借人の代理人に対し、協議がまとまるまでの間は従前の賃料額を支払うように請求したものであり、その金額は社会通念上著しく合理性を欠くものとは評価し得ないから、賃借人は賃料不払いとの評価を免れない。

4 賃貸人の明示の催告の後においても賃借人は自己の相当と認める賃料額をの支払いを改めることなく、一切これに応じないまま、結局、前後1年以上にもわたって、この態度を継続した賃借人の行動は、前記借地借家法の規定の趣旨に沿わないものというほかなく、その後においてされた後記の鑑定の結果を考慮してもなお、賃借人と賃貸人の賃貸借関係の信頼関係を破壊しない特段の事情があるということはできない。

5 別訴における賃料額確認訴訟については、解除の後に提起されたものであること、判決言い渡しの段階で結論が出ていないことから信頼関係を破壊しない特段の理由があるとはいえない。



【コメント】

本判決は別訴の賃料額確認訴訟の結果を待たずに賃貸借契約解除を認めていますが、賃料減額請求の効果は請求時に遡り、賃料額確認訴訟の結果は信頼関係破壊の有無の判断に重要な影響を及ぼすものと思われる点でこの判決には疑問がないではありません。

その一方で、上記のとおり、賃借人が賃料減額請求をした場合において、賃料減額が認められた場合、その差額賃料は利息も延滞金も含めて回収可能性が極めて高いわけですから、むしろ、減額請求をした賃料を支払って解除となるリスクを冒すよりは、従前の賃料を支払い続けて後に10%の利息付きで差額賃料をもらった方が得策であったように思われます。


損害発生を回避するべき賃借人の義務(最高裁判所平成21年1月19日)



最高裁判所平成21年1月19日

【判示事項】

店舗の賃借人が賃貸人の修繕義務の不履行により被った営業利益相当の損害について、賃借人が損害を回避又は減少させる措置を執ることができたと解される時期以降に被った損害のすべてが民法416条1項にいう通常生ずべき損害に当たるということはできないとされた事例





【判決要旨】

ビルの店舗部分を賃借してカラオケ店を営業していた賃借人が、店舗に発生した浸水事故に係る賃貸人の修繕義務の不履行により、同店舗部分で営業することができず、営業利益相当の損害を被った場合において、以下の(1)~(3)などの事情の下では、遅くとも賃貸人に対し損害賠償を求める本件訴えが提起された時点においては、賃借人がカラオケ店の営業を別の場所で再開する等の損害を回避または減少させる措置を執ることなく発生する損害のすべてについての賠償を賃貸人に請求することは条理上認められず、賃借人が上記措置を執ることができたと解される時期以降における損害のすべてが民法416条1項にいう通常生ずべき損害に当たるということはできない。

(1) 賃貸人が上記修繕義務を履行したとしても、上記ビルは、上記浸水事故時において建築から約30年が経過し、老朽化して大規模な改修を必要としており、賃借人が賃貸借契約をそのまま長期にわたって継続し得たとは必ずしも考え難い。

(2) 賃貸人は、上記浸水事故の直後に上記ビルの老朽化を理由に賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしており、同事故から約1年7か月が経過して本件訴えが提起された時点では、上記店舗部分における営業の再開は、実現可能性の乏しいものとなっていた。

(3) 賃借人が上記店舗部分で行っていたカラオケ店の営業は、それ以外の場所では行うことができないものとは考えられないし、上記浸水事故によるカラオケセット等の損傷に対しては保険金が支払われていた。



【コメント】



穏当な判断だと思います。


賃貸借契約が終了した場合の賃料差押えの効力

【事件番号】最高裁判所第3小法廷判決/平成22年(受)第1280号

【判決日付】平成24年9月4日

【判示事項】賃料債権の差押えの効力発生後に、賃貸人が建物を譲渡して賃貸借契約が終了した場合において,その後に支払期の到来する賃料債権を取り立てることはできない。

借地借家法38条2項所定の書面



【事件番号】最高裁判所第1小法廷判決/平成22年(受)第1209号

【判決日付】平成24年9月13日

【判決要旨】借地借家法38条2項所定の書面は,賃借人が,その契約に係る賃貸借は契約の更新がなく,期間の満了により終了すると認識しているか否かにかかわらず,契約書とは別個独立の書面であることを要する

【判決引用】 期間の定めがある建物の賃貸借につき契約の更新がないこととする旨の定めは,公正証書による等書面によって契約をする場合に限りすることができ(法38条1項),そのような賃貸借をしようとするときは,賃貸人は,あらかじめ,賃借人に対し,当該賃貸借は契約の更新がなく,期間の満了により当該建物の賃貸借は終了することについて,その旨を記載した書面を交付して説明しなければならず(同条2項),賃貸人が当該説明をしなかったときは,契約の更新がないこととする旨の定めは無効となる(同条3項)。

  法38条1項の規定に加えて同条2項の規定が置かれた趣旨は,定期建物賃貸借に係る契約の締結に先立って,賃借人になろうとする者に対し,定期建物賃貸借は契約の更新がなく期間の満了により終了することを理解させ,当該契約を締結するか否かの意思決定のために十分な情報を提供することのみならず,説明においても更に書面の交付を要求することで契約の更新の有無に関する紛争の発生を未然に防止することにあるものと解される。

  以上のような法38条の規定の構造及び趣旨に照らすと,同条2項は,定期建物賃貸借に係る契約の締結に先立って,賃貸人において,契約書とは別個に,定期建物賃貸借は契約の更新がなく,期間の満了により終了することについて記載した書面を交付した上,その旨を説明すべきものとしたことが明らかである。そして,紛争の発生を未然に防止しようとする同項の趣旨を考慮すると,上記書面の交付を要するか否かについては,当該契約の締結に至る経緯,当該契約の内容についての賃借人の認識の有無及び程度等といった個別具体的事情を考慮することなく,形式的,画一的に取り扱うのが相当である。

  したがって,法38条2項所定の書面は,賃借人が,当該契約に係る賃貸借は契約の更新がなく,期間の満了により終了すると認識しているか否かにかかわらず,契約書とは別個独立の書面であることを要するというべきである。


会社更生法39条と賃貸借契約の解除

東京地裁平成10年4月14日 判例タイムズ1001号267頁

<事案> 
1 建物の賃借人について、会社更生手続開始の申立がなされ、会社更生法39条に基づき弁済禁止の保全命令が発令。
2 賃貸人が未収賃料について催告。
3 保全管理人は弁済禁止の保全命令があることを理由として、支払拒絶。
4 賃貸人、保全管理人に対し、解除の意思表示


<判旨>

 会社更生法39条の規定に基づき債務弁済禁止の保全処分が命じられたときは、これにより会社はその債務を弁済してはならないとの拘束を受けるのであるから、右保全処分前に生じた賃料の未払賃料の支払を求める催告が保全処分後にあった場合には、会社はその債務を弁済してはならないのであり、したがって、会社が右催告に応じて支払をしないことに違法性がないから、賃料の支払の遅滞を理由とする賃貸借契約の解除の意思表示をしても、契約解除の効果は発生しない。

 債務弁済保全処分が命じられる前に、既に賃料の不払が賃貸借契約上の信頼関係を破壊する程度に達しており、賃料支払の催告をすることなく契約解除をし得る場合には、Xは保全処分又は更生手続開始決定後であっても、保全管理人又は更生管財人に対し、契約解除の意思表示をすることにより、賃貸借契約を解除することができる。


賃借人が破産した場合において敷金に質権が設定されていた場合

Q 破産管財人が、破産者を賃借人とする建物賃貸借の賃料等をあえて支払わず、敷金を充当する処理をして破産財団の充実を図ることが、敷金返還請求権に質権の設定を受けていた質権者に対する関係で許されるか?

A 否定(最高裁平成18年12月21日、判例タイムズ1235号148頁)。

 破産者は破産前に質権者に対し、質権設定契約に基づき質権の目的物の担保価値維持義務を負っていたものであるから、破産管財人も拘束される。